英仏海峡トンネル(えいふつかいきょうトンネル、英: Channel Tunnel, 仏: Tunnel sous la Manche )は、グレートブリテン島(イギリス)とヨーロッパ大陸(フランス)間のドーバー海峡(英仏海峡)を結ぶ、鉄道用海底 トンネルである。 英仏両語では単に「海峡トンネル」と呼ばれる。 ]]> 対戦型のコンピューターゲームを競技として行うeスポーツの普及などを目的とする青森県eスポーツ協会(青森市)が19日設立された。. ]。, 当初は在来線規格での設計であったが、整備新幹線計画に合わせて新幹線規格に変更され建設された。整備新幹線計画が凍結された後、暫定的に在来線として開業することになったものの、軌間や架線電圧の違いを除けば、保安装置(ATC-L型)も含めて新幹線規格を踏襲しており、のちに考案されるスーパー特急方式の原型となった。, トンネルは在来工法(一部TBM工法・新オーストリアトンネル工法)により建設された。トンネル本体の建設費は計画段階で5,384億円であったが、実際には7,455億円を要している[新聞 5]。取り付け線を含めた海峡線としての建設費は計画段階で6,890億円、実際には9,000億円に上る。なお、工事での犠牲者は34名だった。, しかし、完成時には北海道新幹線の建設が凍結になっており、また関東以西と北海道が鉄道と青函航路で結ばれていた着工当時と打って変わり関東から北海道への旅客輸送は既に航空機が9割を占めていたこと、加えてストライキや遵法闘争の多発をはじめとする当時の国鉄の労使関係の悪化もあって貨物輸送もフェリーや内航海運にシェアを奪われて低迷が続いていたこと、さらに完成後も大量の湧水を汲み上げる必要があるなど維持コストも大きいことから、巨額な投資といえども埋没費用とみなし放棄した方が経済的であるとされた。そのため「昭和三大馬鹿査定」発言において言及され、「無用の長物」、「泥沼トンネル」などと揶揄されたこともあった。, トンネルの有効活用としては「道路用に転用すべきだ」「キノコの栽培をすべきだ」「石油の貯蔵庫にすべきだ」などのアイデアも報じられたが、結局は在来線で暫定使用を行うことになった。[要出典]なおこの時、「青函トンネルカートレイン構想」としてカートレインの運行を行うことも定められていたが、実現には至っていない。, しかし開通後は、北海道と本州のJR貨物による貨物輸送に重要な役割を果たしており、一日に21往復(定期列車。臨時列車も含めると上下合わせて約50本)もの貨物列車が設定されている。天候に影響されない安定した安全輸送が可能となったことの効果は大きい。特に北海道の基幹産業である農産物の輸送量が飛躍的に増加した。, また首都圏で印刷された、雑誌類の北海道での発売日のタイムラグが短縮されるなど、JR北海道にとっては赤字事業であるものの、外部効果は高い。平成22年度では年間貨物輸送は450万トンでシェアは42%に達しており、フェリー輸送とほぼ同等となった。対照的に、旅客はバブル崩壊以後の観光客の減少や、旅客機輸送の多頻度化・格安航空会社の登場による価格破壊などから、旅客利用減少が進んでいる。, 2007年(平成19年)9月1日には、青森・函館間を1時間45分で結ぶ高速船ナッチャンReraが、2008年(平成20年)5月2日にはナッチャンWorldが就航し、青函トンネル旅客輸送における新たな競合相手となっていたが、これらは2008年(平成20年)11月1日で運航休止となった[注釈 8]。このような状況ではあるが、今後は北海道新幹線開業による輸送量増加が期待される。, 当初はTBM(トンネルボーリングマシン)を使用して掘削していけば、ほぼ計画通りの工期で完成すると考えていたが、実際には軟弱な地層に進むにつれ多発した異常出水や、機械の自重で坑道の下へ沈み込み前進も後退もできなくなり、やむなくTBMの前方まで迂回坑道を掘って前から押し出さざるを得なくなるなどあまり役に立たず、早々にTBMでの掘削を諦めた。そこで、本坑に先駆けて先進ボーリングで先進導坑を掘り進み、それにより先の地質や湧水の状況を調査しながら本坑が後を追うという方式で掘り進むことになった。しかし、先進ボーリングは水平方向でボーリング調査を行うため水平を維持するのが難しく、ボーリングした孔内の圧力を維持できずに孔壁が崩れたり湧水が噴出したりしたため、最初の頃は月に100mも進まなかった。そこで、従来はボーリングのロッド管内から送った水を先端のビットから管外に出してビットを冷却しつつ、その水で孔を開く際に出る粘土や泥をロッド管と孔壁の間から取り除いていたのに対して、ロッド管と孔壁の間から送った水で孔を開く際に出る粘土や泥をロッド管内に回収する「リバース工法」を考案した。これにより、ボーリングの掘進速度は月に数100mに向上した[20]。, 海底にさしかかるに従い次第に地質が軟弱になり、出水も増えてきた。そのため青函トンネルで培われた技術が、新オーストリアトンネル工法による「注入」と「吹付コンクリート」と呼ばれるものである。注入とは、セメントミルクと水ガラスの混合物である注入材を注入用高圧ポンプを用いて超高圧で岩盤へ注入し、注入材が固まった後そこを掘っていく工法であり、坑道の太さ以上にセメントで硬い岩盤をあらかじめ作っておき、そこを掘り進む理屈である。しかし、注入材は強度を上げようすると流動性を保つ時間が短くなり注入できなくなる問題があった。そこで、竜飛岬にある試験場において、最適な水ガラスの種類や配合物を解明するとともに、流動性を保つ時間帯をストップウォッチを使用して計測した。吹付コンクリートとは、掘削直後にコンクリートを岩盤に吹き付けて緩みや崩落を防ぐ工法であり、1950年代にヨーロッパで開発されていたのだが、吹き付け圧による跳ね上がり・剥落・管詰まりなどのトラブルが多かったため、トンネル内に模擬トンネルを造って試行錯誤の繰り返し行い、急結剤の改良や耐圧ホース・吹き付け用自動アームなどを開発した。それでもなお大量の出水を防ぐ事ができず、坑道の途中で進む事を断念し坑口を塞いだうえでその坑道を避けて掘った箇所が先進導坑に数カ所存在する[20]。, 掘削が終わり、鉄道が開通した後も湧水(塩水)が常に出続けている。そのため竜飛側と吉岡側のそれぞれ先進導坑最下部にポンプが備えられており(竜飛側はさらにもう1か所)、常時ポンプで湧水を汲み出すことでトンネルが維持されている[注釈 11]。, 全長53.85kmの本坑は9つの工区に分けて掘削が行われた。そのうち、本州寄りの4つの工区と北海道寄りの3つの工区は陸上部の地下を掘り進めるもの、残る2つの工区が津軽海峡の海底下を掘り進めるものであった。各工区の長さ及び施工業者を以下に示す[21]。, 2005年(平成17年)に北海道新幹線の新青森 - 新函館北斗間が着工され、青函トンネルについては貨物・夜行列車なども引き続き通れるように三線軌条とし、トンネル両側の奥津軽いまべつ駅[注釈 12]と湯の里知内信号場[注釈 13][新聞 15]に待避施設を建設する事になっている。2007年(平成19年)には保安装置の動作確認などの試験目的で、上下線6kmの三線軌条化工事が行われた。また、これらの工事のために吉岡海底駅は休止されていた。, また、速度が大きく異なる貨物列車と新幹線を同時に走らせることによるダイヤへの負荷などを解消すべく、狭軌用の貨物列車を列車ごと標準軌用列車に乗せ、新幹線用レール上を高速で走行させるトレイン・オン・トレイン技術がJR北海道によって研究されている。だが費用面などの問題があり、2019年現在、実現の見込みは立っていない[22]。, これとは別に、当初の予定通り青森側・北海道側にそれぞれターミナルを建設してカートレインを運行させようという構想もあるが、実現の目処は立っていない。, 2014年(平成26年)3月15日に北海道新幹線の開業工事に伴い、2つの海底駅(竜飛海底駅・吉岡海底駅)が廃止された[注釈 14]。, 青函トンネルは海底の長大トンネルであるため、走行する車両には運輸省(現在の国土交通省)が省令で定めた防災基準を満たす構造であることが要求されている。なお明示された条件ではないが、本トンネルは海底を通ることから湿度が常に100%であるため、これに耐えうる構造であることも重要である。, 火災事故防止のため、トンネルを通行する営業用列車が電車または電気機関車牽引の客車・貨車のみに制限されており、内燃機関を用いる車両(気動車・ディーゼル機関車)は救援目的のディーゼル機関車を除き、当線内は自走・牽引は出来ない。さらに青函トンネルを通る冷凍コンテナは、熱感知機の反応で列車が足止めされないよう、機関車の運転席からの遠隔操作によりコンプレッサーの動力となるディーゼルエンジンを切るための専用回路を搭載したタイプに限られている[注釈 15]。, 本州と北海道間で車両を輸送する際は、内燃機関を停止した上で基本的に電気機関車の牽引により甲種輸送される[注釈 16]。, なお、1988年(昭和63年)10月にはオリエント急行の車両が本トンネルを通行している[23]が、オリエント急行に使用される車両は内装に木材を使用している[23]上、食堂車では石炭レンジを使用しており[23]、火災対策上通行が認められない車両であった[23]。しかし、この時には各車両に車内放送装置と火災報知器を設置した上[23]、防火専任の保安要員を乗務させるという条件[23]で特別に通行が認められている[23]。, 北海道新幹線開業時に、青函トンネルを含む海峡線の架線電圧を新幹線にあわせて25,000V (50Hz)に昇圧し[24]、保安装置もそれ以前のATC-LからDS-ATCに変更された[25]。, 北海道新幹線の新青森駅 - 新函館北斗駅間開業を1年後に控えた2015年4月3日には、青函トンネル内を走行していた特急「スーパー白鳥34号」の車両下で発煙する事故が発生し、青函トンネル開業後初めて乗客・乗員が竜飛定点を経由して地上へ避難する事態になった[報道 9][報道 2][新聞 10]ほか、2日後の4月5日には江差線の札苅 - 木古内間の「き電線」の吊り下げ絶縁碍子が、老朽化や塩害での腐食が原因で破損したために送電トラブルが起き、青函トンネル内で停電が発生した。これにより特急「スーパー白鳥」など4本が運休し、6本に最大で4時間15分の遅れが発生した[新聞 12][新聞 13]。北海道新幹線が経由予定である青函トンネルにおいて管理面での事故が1週間以内に連続して発生し、北海道新幹線の安全性に疑問の声が上がった[新聞 11]。それに対し、JR北海道は4月7日から8日にかけて、江差線の停電に対する説明および青函トンネルに関する防災設備・避難に関する説明と車両状況の報告を行った[報道 20][報道 2]。また、4月10日には記者会見で避難誘導マニュアルの改定を実施する旨と、4月7日に社内委員会を設置したことを発表した[新聞 16]。, その一方、JR貨物側にも問題が起きた。青函トンネルで貨物列車を牽引するEH800形電気機関車の故障が2015年8月21日に起きていたことが判明した。大阪貨物ターミナル駅発札幌貨物ターミナル駅行きの貨物列車(20両編成)牽引時において、8月21日17時半頃に運転士が故障告知ランプが点灯を確認したため、知内町側の出口まで約5kmのトンネル内に緊急停車し、電圧変換装置に電流が流れないよう応急処置の後に運転再開。木古内駅に到着後に社員が故障を確認した。電気系統の異常によるもので、電圧変換装置のボルトの締め付け不足が原因で過大な電流が流れ絶縁体の樹脂が溶結したという経緯で故障に至った。この障害を国土交通省北海道運輸局に報告したものの、「単なる車両故障と認識し、発表する内容ではないと考えた」(広報室)として公表していなかった。JR北海道の発表では、この障害の影響で特急列車4本が最大53分遅延した[新聞 14]。, 2016年2月9日にも竜飛定点での合同異常時訓練中に停電が発生し、救援列車が緊急停止するトラブルがあった[新聞 17][報道 11]。, 扁額の揮毫は、本州側が中曽根康弘、北海道側(正確には第1湯の里トンネル)が橋本龍太郎である。扁額には「青函トンネル」ではなく「青函隧道」と書かれている。, 中曽根は1985年3月のトンネル貫通および1987年4月の国鉄分割民営化当時の内閣総理大臣、橋本は1987年4月当時の運輸大臣であった。, 開業当日は民放各局が開業式典から生放送した。その中継は函館駅・青森駅[注釈 17]だけではなく吉岡海底駅・竜飛海底駅からも行われた。さらには旅客一番列車[注釈 18]の函館発盛岡行き特急「はつかり」10号がトンネルに入った様子を車内からも生放送した。, 列車内からの中継はNHKが代表取材し、その映像を運転席に設置したFPUから地上に送信し、地上ではその電波を受信し再度中継した。開業一番列車の写真を見ると運転席に「NHK」と書かれたパラボラアンテナが映っているのはそのためである。民放各局はこのNHKの映像を受信し再送信したため、なんの前振りもなく突然NHKアナウンサーの木原秋好が民放の画面に現れた。, また、海底駅からの中継には当時やっと実用化され始めていた放送中継用の光ファイバー伝送装置が使用された。, 本中継の番組ではないが、NHKで開通前の1970年(昭和45年)3月23日に新日本紀行「青函トンネル」を、1983年(昭和58年)1月21日にNHK特集「検証・青函トンネル」を、2000年(平成12年)4月11日に『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』で「友の死を越えて〜青函トンネル・24年の大工事〜」を、それぞれ放送。2016年(平成28年)2月28日には北海道新幹線開業を前に、この後者2番組を再編集したNHKアーカイブス「北海道新幹線 開業へ〜青函トンネルに懸けた情熱〜」が放送された[26]。また、青森放送でも1988年(昭和63年)に『竜飛の二人』という青函トンネルをテーマにしたドキュメンタリー番組も制作、放送した。, 開通直後の1988年(昭和63年)4月4日には月曜・女のサスペンス初回拡大スペシャル「青函特急から消えた男」(夏樹静子原作のトラベルサスペンス)がテレビ東京系列で放送されている。, 2014年7月9日付河北新報によれば、青森県議会議長は同年6月30日の定例記者会見にて、国土交通省事務次官に対し非公式ながら「もう1本掘ってください」と伝えていたことを明らかにしている[新聞 18]。, 2014年-2015年頃、複数のゼネコン、コンサルタント会社により「鉄道路線強化検討会」が発足。2016年、青函トンネルの西側に、貨物専用の第2青函トンネルを建設する構想を取りまとめている。工費は約3,900億円、工期は約15年を想定した[新聞 19]。第一の背景として、2004年に国土交通省が「平成16年度の整備新幹線建設推進高度化等事業」における「青函トンネルにおいて貨物列車が新幹線上を走行する場合の安全性の検討などを行う」調査を実施し、それを受けて2012年7月には国土交通省内で「青函共用走行区間技術検討WG(ワーキンググループ)」も設置され、その議事録で「北海道新幹線札幌延伸の10年後には現在の青函トンネルも大改修が必要となり、そのときに減速しながらの作業となってしまっては意味がない」という意見もあった事や、2016年12月の豪雪の際に航空便が欠航した際も札幌-新函館北斗間の特急列車が大混雑となった事や貨物列車の増発に現状の青函トンネルでは容量不足であるという需要の必要性が挙げられる[新聞 20]。, 2017年2月14日付の北海道新聞によれば、日本プロジェクト産業協議会は同年2月13日、貨物列車用と自動車用の2本のトンネルを新たに建設し、トンネル内に送電線やガスパイプラインを敷設することで、既存の青函トンネルを北海道新幹線専用とする構想を発表した。事業費は約7,500億円、工期は約20年間を想定し、地上から海に向かって掘り進む際の傾斜を急にすることで延長を約30 kmに短縮するとしている[新聞 21]。, 日本鉄道建設公団札幌工事事務所「津軽海峡線工事誌(青函トンネル)」、日本鉄道建設公団札幌工事事務所 編、1990年3月。, 海峡線のうち、青函トンネル以外の区間は描かれていない。また、既に廃止されているJR北海道, 1988年(昭和63年)3月13日に事務次官会議において自治体境界を定め、公海下部分のうち、約4.7kmを青森県, 他のトンネルに比べ長大であり、トンネル中央部に向けて下り勾配が長く続いていることが大きな特徴である。, 旧・知内駅。2014年(平成26年)3月14日営業終了。新幹線開業前は知内信号場。, 駅機能はなくなったが定点となり、2015年(平成27年)4月3日の事故の様に避難口として利用される事もある。, 北海道新幹線開業に向けた「地上設備最終切替」の「事前確認」に伴う元日にかけての津軽海峡線の全面運休について, https://web.archive.org/web/20160228053301/http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/, https://web.archive.org/web/20021010072608/www.jrhokkaido.co.jp/press/2002/1412daiya.html, “青函トンネルにおける防災設備、お客様避難に関する考え方及び現段階での車両調査について”, https://web.archive.org/web/20150410033323/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150408-1.pdf, https://web.archive.org/web/20051230090557/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2005/051222.pdf, https://web.archive.org/web/20060706190916/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2006/060614-3.pdf, https://web.archive.org/web/20130927095752/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130913-1.pdf, https://web.archive.org/web/20131224105741/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/131220-1.pdf, https://web.archive.org/web/20140911002027/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2014/140910-2.pdf, “北海道新幹線(奥津軽いまべつ・新函館北斗間)の平成26年度列車走行試験について”, https://web.archive.org/web/20141002115033/http://www.jrtt.go.jp/08-2Press/pdf/H26/pressh261001.pdf, https://web.archive.org/web/20150404154323/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150404-1.pdf, https://web.archive.org/web/20150409025715/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150407-1.pdf, https://web.archive.org/web/20160210105026/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/160210-3.pdf, “青函トンネル 旧竜飛海底駅(竜飛定点)および旧吉岡海底駅(吉岡定点)における携帯電話サービスの提供開始について”, https://web.archive.org/web/20160213112825/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/160212-1.pdf, https://web.archive.org/web/20160213114452/https://www.nttdocomo.co.jp/info/notice/tohoku/page/2015/160212_01.html, http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150916-3.pdf, http://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20181214_KO_H31Kaisei.pdf, https://web.archive.org/web/20190416141918/http://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20190410_KO_seikannT%20mobile.pdf, “報道発表資料:年末年始の一部時間帯における北海道新幹線青函トンネル内の高速走行(「時間帯区分方式」による210km/h 走行)”, https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo09_hh_000088.html, https://web.archive.org/web/20141126175309/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2014/141120-1.pdf, https://web.archive.org/web/20141129040630/http://www.jreast.co.jp/press/2014/20141113.pdf, http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150407-1.pdf, https://web.archive.org/web/20160602053122/http://jp.reuters.com/article/gotthard-idJPKCN0YN3FI, https://web.archive.org/web/20020704120527/http://www.nikkenko.com/feature/kikaku/page/020110_shinnen_1.htm, https://web.archive.org/web/20150603033748/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0141106.html, https://web.archive.org/web/20150627162508/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/editorial/2-0026948.html, https://web.archive.org/web/20020818042548/http://www.nikkenko.com/feature/kikaku/page/020110_shinnen_3.htm, https://web.archive.org/web/20150118143152/http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/bullet_train_special/246375.html, https://web.archive.org/web/20141209092725/http://www.hokkaido-np.co.jp/news/topic/578735.html, https://web.archive.org/web/20141209065323/http://www.yomiuri.co.jp/national/20141207-OYT1T50067.html?from=yartcl_blist, https://web.archive.org/web/20141211010528/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141207/k10013782741000.html, https://web.archive.org/web/20150403165602/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0119424.html, https://web.archive.org/web/20150406144244/http://www.asahi.com/articles/ASH44536PH44IIPE00W.html, https://web.archive.org/web/20150406143621/http://www.asahi.com/articles/ASH457H5TH45IIPE029.html, https://web.archive.org/web/20150427065228/http://news.mynavi.jp/news/2015/04/10/229/, https://web.archive.org/web/20151122183329/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0204421.html, https://web.archive.org/web/20141129054151/http://www.hokkaido-nl.jp/detail.cgi?id=23051, https://web.archive.org/web/20140814060854/http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201407/20140709_25001.html, https://web.archive.org/web/20170102171554/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/economy/1-0353789.html, http://news.mynavi.jp/series/railwaynews/051/, https://web.archive.org/web/20170214082930/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/economy/1-0368398.html, 【朝日新聞×HTB 北海道150年 あなたと選ぶ重大ニュース】青函トンネル開通 一方で青函連絡船終了, 【朝日新聞×HTB 北海道150年 あなたと選ぶ重大ニュース】青函トンネル開通から30年, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=青函トンネル&oldid=79742458, 2月26日 運輸省鉄道総局施設局長室にて「津軽海峡連絡隧道調査法打ち合わせ会議」を開催。この会議で本命は西口ルートになり、東口ルートは参考ルートになった. 青森・「手づくり村 鯉艸郷」「ルピナス」まつり2017! 津軽海峡とは、北の最果ての地と言われる青森県にある本州の北端から、北海道の南端までを結ぶ海峡、または両者を隔てる海のことで、西側の日本海と東側の太平洋も結んでいます。, これは、津軽海峡の東側または本州側の青森県北東部に位置する下北半島の大間崎から、北海道南西部にある亀田半島の汐首岬までの距離で、天気が良い日には、海の向こうにある対岸を目視することが出来ます。, 一方で、津軽海峡は西側でも同じように本州側と北海道側の距離が短くなっている場所がありますが、こちらの津軽半島竜飛崎(本州)と松前半島白神岬(北海道)の間は19.5kmとなっています。, また、津軽海峡の深さ(水深)は平均で約130m、最も深いところで449m(最大水深)となっています。, これは、日本海の平均水深とされる1667mと比べると、圧倒的に浅いことが分かります。, 津軽海峡の距離(長さ)と深さ(水深)を数値だけで示してもイマイチ分かりにくいと思うので、他のものと比較していきましょう。, 津軽海峡の最短距離である18.7kmをイメージするにあたっては、東京駅から三鷹駅、吉祥寺駅、荻窪駅までの距離それぞれを思い浮かべると良いかもしれません。, まず、障害物を取り除いて直線に移動出来ると考えた場合、東京駅から三鷹駅までの直線距離は18.5kmとなるため、津軽海峡の最短距離とほぼ一緒になります。, また、東京駅から道路や歩道に沿って徒歩で進んでいく場合、18.75km進むと三鷹駅に到着出来、この時に要する時間はおよそ3時間52分です。, 一方で、路線に沿って電車で行く場合は荻窪駅までがちょうど18.7kmとなり、中央線快速に乗って向かった時の所要時間は22分となります。, 津軽海峡の深さに関して言えば、その平均である130mは渋谷にある住友不動産渋谷ファーストビルや、大阪の梅田にある梅田DTタワー(それぞれ130m)が参考になります。, それに対して、449mにも及ぶ最深部は、東京タワー(333m)の1.5倍とほぼ等しいと言えるでしょう。, 津軽海峡の距離を理解する上で、大間・函館間を弥以下のフェリー動画も役立つと思うので参考にしてください。, 当サイトは当サイトのメイン管理人である「ハリマン」が、内向きになりつつある日本人をもう少しだけ外向きにしたいという思いで運営しています。 さらに詳しくは下のホームボタンをクリックしてください。. 新青森, 映画, 主演のトンネル技師に高倉健、ベテランのトンネル鉱夫たちの親方は森繁久彌、トンネル技師への思いを秘め続けるヒロインは吉永小百合。他に笠智衆、三浦友和、小林稔侍などが出演。東宝50周年記念作品にふさわしい豪華なキャストだ。高倉健の息子役として出演した高校生は中川勝彦、後に「しょこたん」こと中川翔子の父となる人だ。また、シンガーソングライターの南こうせつが、初めて本格的な映画音楽に取り組んだ。 文部科学省特選。, 『日本沈没』、『八甲田山』、『動乱』の森谷司郎監督が、青函連絡船 洞爺丸事故から約30年にわたり青函トンネルの工事に執念を燃やす旧国鉄技師らの物語を描いた映画である。, 青函鉄道連絡船「洞爺丸」の事故の翌年、国鉄は青函トンネルの可能性を調査するため、幅広い分野から人材を集めた技術調査委員会を設置した。その命を受けて、トンネル技師・阿久津(高倉)は津軽海峡に赴く。遭難者が打ち上げられた七重浜に献花する阿久津。そのそばで、海に石を投げつける少年がいた。その姿を見て、なにか言いたげな阿久津であった。, 阿久津の仕事は石の調査だった。何年かかるかわからない仕事だ。漁船を借り、海底の石を拾い上げて分析する。海が荒れた日は海岸で石を拾う。そんなとき、岬から身投げしようとした娘(吉永)を助ける。娘は漁師相手の酒場に住み込みで働き、阿久津に想いを寄せる。しかし、阿久津には許嫁(大谷直子)がいた。もっとも、阿久津は仕事に夢中で、結婚どころではない。, 調査の結果、青函トンネルの建設が決まると、阿久津は先進導坑を任される。トンネルで使用する本坑を掘る前に、調査の目的で掘るトンネルだ。これは青函トンネル工事にとって、地中を見極める目である。重要な仕事だった。阿久津は北陸トンネルで働いていたベテラン坑夫(森重)に頼み込み、故郷の九州に帰りたがっているチームを津軽に呼んだ。「かつてマンモスが渡った道を、俺たちも渡ろう」と。, 度重なる出水事故、些細なミスで命を落とす坑夫。悲しむ家族。それでも阿久津をはじめ坑夫たちの前進しようとする気持ちは揺るがない。しかし、犠牲は大きい。阿久津自身も生活を犠牲にしていた。妻も病気の父も故郷に残したまま、息子は父親をいないものだと思っているという。酒を断ち、湧水に立ち向かい、ルート変更など決断を迫られる中、阿久津たちの結束は強くなっていく。その中に、七重浜にいた少年の成長した姿(三浦)があった。, 大手ゼネコンが本坑の工事に参加し、現場の規模は大きくなっていく。着任から25年を経過して、阿久津の髪に白髪が目立っている。そんな阿久津のもとへ、妻から電報が届く。今度ばかりは故郷へ帰ろうと支度する阿久津。そんなとき、大規模な出水事故が発生した……。, 生活のすべてをトンネル掘りに捧げた男たち、失われた命、洞爺丸事故への想いが伝わってくる。家庭を顧みず仕事に打ち込む男の姿は、女性から見れば腹立たしいだろう。その気持ちは阿久津の妻が代弁している。それでも、日本が高度経済成長へ向かう時代はこれが当たり前だった。そんなトンネル坑夫たちを支えた津軽の人情も胸を打つ。, 『海峡』は鉄道トンネルをつくる映画だけど、意外にも鉄道の風景が少ない。これは舞台が当時未完成の路線だからしかたない。その代わり、工事作業用の線路やトロッコ列車はたくさん出てくる。トロッコ好きには満足できる作品かもしれない。, 懐かしい鉄道風景としては、冒頭で高倉健が歩く貨物駅にワムがびっしりと並び、鉄道貨物の隆盛時代を感じさせる。旅客列車の走行シーンは新幹線0系のみ。東海道新幹線の開業は、青函トンネル着工の1年後だ。, 他の見どころは2つ。高倉健が東京の国鉄本社から津軽へ帰るときに、上野駅19番線ホームから急行「十和田3号」に乗る場面がある。1980年当時、急行「十和田」は3往復。映像では20系客車が映っている。もうひとつは雪の日の津軽線の駅。物語上は三厩駅のはずだが、ロケ地が同じかは不明。首都圏色のキハ20系気動車から、阿久津の妻と息子が降り立ち、多恵(吉永)が出迎える。, そして同作品の最大の鉄道場面といえば青函トンネルだ。工事関係者たちの30年に及ぶ努力の結晶を、いまは特急「スーパー白鳥」が約25分で通過する。北海道新幹線ならもっと速くなるだろう。『海峡』を観ると、そのわずかな時間に背筋を伸ばしたくなる。, ■お近くのレンタル屋さんなど利用して鑑賞されるといいかと思います。また、北海道新幹線に乗られたときの想いも一味プラスになると思います。, 高倉健さん関連記事:高倉健さん 石のアートで大地に復活/田舎館 in AOMORI. お問い合わせ, 本州の北の果て「龍飛岬」の旅その3 龍飛岬の一軒宿「ホテル竜飛」に泊まって温泉と夕焼けを楽しもう, 田辺朔郎氏の偉業を訪ねて。石北本線の旅その2 天幕三次郎を思いつつ北見から旭川まで, 本州の北の果て「龍飛岬」の旅その3 龍飛岬の一軒宿「ホテル竜飛」に泊まって温泉と夕焼けを楽しもう. 青函トンネルができる前は、青函連絡船という船で青森と函館を結んでいました。 ところが、1950年代の気象予報の技術は低く、特に 津軽海峡の天候を予想するのは困難 を極めました。 そんな中、津軽海峡で最大の海難事故 「洞爺丸事故」 が起こります。 2016/9/20 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 北海道と本州を結び、世界一長い海底トンネルとなった背景にはどんな物語があったのか。, 実際に、地下140mまで下り、実際の青函トンネルの作業坑を見学することができるのです。, ということで、口で説明するより動画の方が伝わりやすいと思ったので、動画撮りました!, では、ここから青函トンネルについて、作業坑を紹介していきながら説明していきたいと思います。, 青函トンネルは1946年に地質調査を開始、1964年に北海道側の斜坑掘削を開始し、1988年に津軽海峡線が開業しました!, 構想から半世紀、着工から24年もの大工事を経て、世界一長い海底トンネルが誕生したのです!!, 2015/08/22現在は、津軽海峡線は廃止されてしまい、「竜飛海底駅」「吉岡海底駅」は閉鎖されてしまいました!, 青函トンネルは、実際に鉄道が通る「本坑」以外に、工事を進めるにあたって「作業抗」「先進導坑」「連絡携抗」のトンネルも必要でした!, 先ほど少し紹介しましたが、青函トンネルのレールは、乗り心地や省電力化の為、トンネルの全長にほぼ近い52.57km間をすべて溶接したスーパーロングレールとしました。, 斜坑工事の最中。1,223m地点で大きな断層にぶつかり、出水事故に見舞われました。, この事故の結果から本トンネルは計画より東側に移して、条件の悪い地層を避けることになりました。, また、1974年12月5日、竜飛作業抗の3,690m地点で出水事故が起き、毎分6トンもの湧水でトンネルが水没。, 青函トンネル工事においての最大の出水事故は1976年5月6日、吉岡作業抗4586mで発生しました!, 毎分85トンで押し寄せる水をせき止めるために、全力を挙げて防水堤を作っても破られ、作業坑は3kmにわたって浸水。, あわや水没かと思われましたが、やむなく水を本トンネルに流し、必死の排水作業を行いました。, 軟弱でしかも膨張性がある地質のため、掘るごとにトンネルに強い地圧がかかり、削岩機のロットがはさまってしまうのです。, このため、掘削作業を人力掘りに換えたり、圧力で折れ曲がった支えの鉄柱を立て直すなどの作業の繰り返しで、なんと1kmの掘削に5年もかかったんだそうです。, 24年もの年月をかけて厳しい環境の中工事は成功したわけですが、貫通した時の感動は計り知れないものだったんでしょうね!!, 作業抗の体験時には、記念館の係りの方が案内をしていただきながら、坑道内を進む形になります。, 現在、本坑は北海道新幹線の開通準備をしていることもあり立ち入り禁止となっています。, 本坑で万が一の事態になった際、こちらの作業坑へ避難してきて、先ほど我々が乗ってきた車両に乗って地上へ避難をする流れになるようです!!, 館内では、作業坑で学んだことの復習や、色々な作業に使われた実物のものが展示されていました。, しかし、この博物館は今まで行った色々な所に比べ非常にインパクトの残る場所でした!!, 場所は非常に遠い場所にありますが、一度は訪れた方がいい本当にオススメスポットです。, 日本にある、青函トンネル、東海道新幹線、黒部ダムなどの様々なインフラは、先人たちの努力と、犠牲によって成り立っているのですね!, 高度経済成長期に、日本が豊かな国になるために先人が努力してきたことを忘れないためにも、このようなことを忘れずにいることが大事なんだと思いました!!, 数々のスポットを訪れた中で、本当に多くの人に知ってほしい、知るべき学び多きスポットです!, 様々なスポットを巡っているうちに、今まで取り入れた様々な情報を世の中に伝えていきたいと思い、知の冒険を制作!!, JR三厩駅前より外ヶ浜町循環バス龍飛行き乗車(所要時間27分)、青函トンネル記念館下車。, 便所国道は本当に存在した!?日本一長い国道山岳トンネル「雁坂トンネル」の歴史を紐解いた!, 千葉県鴨川市にある「とんねるすいぞくかん」は、市民の協力で誕生したクオリティ高き水族館!!, 【日本最後の桃源郷】旧来の形式を残す男の楽園「宝山寺新地」の内部事情を突撃取材した!!, 未だ年間15人ほどが投身自殺!和歌山県白浜温泉にある自殺の名所「三段壁」の実情に迫る!. All Rights Reserved. 青函トンネルは1946年に地質調査を開始、1964年に北海道側の斜坑掘削を開始し、1988年に津軽海峡線が開業しました! 構想から半世紀、着工から24年もの大工事を経て、世界一長い海底トンネルが誕生したのです!! ~青函トンネル工事の歩み~ 1946年 4月 地質調査開始. 青函トンネル(せいかんトンネル)、又は青函隧道(せいかんずいどう)[3][注釈 3]は、本州の青森県東津軽郡今別町浜名と北海道(渡島総合振興局)上磯郡知内町湯の里を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道トンネルである。, 津軽海峡の海底下約100mの地中を穿って設けられたトンネルで、全長53.85 kmは交通機関用のトンネルとしては日本一および東洋一である[5]。全長は約53.9kmであることからゾーン539の愛称があった。, 交通機関用トンネルとしては世界2位の長さであり、海底トンネルおよび狭軌のトンネルとしては世界一の長さと深さを持つ交通機関用トンネルである。海底部の総距離では英仏海峡トンネルが世界一の長さを持つ。 1988年3月13日に開通してから2016年6月1日にスイスのゴッタルドベーストンネルが開通するまでは、世界一の長さを持つ交通機関用トンネルでもあった[新聞 1][注釈 4]。, 青函トンネルの木古内駅方には、非常に短いシェルターで覆われたコモナイ川橋梁、さらに長さ約1.2kmの第1湯の里トンネルが続き青函トンネルに一体化しており、これらを含めたトンネル状構造物の総延長は約55kmになる。なお、トンネルの最深地点には青色と緑色の蛍光灯による目印があったが、北海道新幹線の開業前に撤去された。, 青函トンネルを含む区間は当初在来線の「海峡線」として開業したが、当初より新幹線規格で建設されており、2016年3月26日から三線軌条を北海道新幹線が走行している。, また、トンネルを利用して通信ケーブルや送電線が敷設されており、通信や送電の大動脈でもある(後述)。, 日本鉄道建設公団により建設工事が行われ、公団を引き継いだ独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構がトンネルを所有している。トンネルを走行する列車を運行しているJR北海道は、機構に対してトンネルの使用料を払っている。その額は租税および管理費程度とされており、年額4億円である。また、トンネル内の鉄道敷設部分についてはJR北海道所有として整備されており、この部分の維持管理費は年間約8億円となっている。1999年度から改修事業が行われており、事業費のうち3分の2を国の補助金でまかない、3分の1をJR北海道が負担している[1][6]。海底にあるため施設の老朽化が早く、線区を管轄するJR北海道にとって、青函トンネルの保守管理は大きな問題になっている[6][新聞 2]。, また、開業当初は、乗車券のみで乗れた青函連絡船の代替という意味もあり、主たる輸送が快速「海峡」にて行われ、特急「はつかり」は一部速達性を要する時間帯のみであったが、2002年12月1日の東北新幹線八戸開業に伴い列車体系が大幅に変更され、特急・急行列車のみとなった[報道 1]。2016年3月26日の北海道新幹線開業以降は、定期旅客列車は北海道新幹線のみとなっている。, ちなみに、青函トンネルの中央部は、公海下の建造物ということで、開業前にその帰属および固定資産税の課税の可否が問題となったが、トンネル内には領土と同様に日本の主権が及ぶものと判断された。それに伴い各自治体へ編入され、固定資産税もそれに応じて課税されることとなった[注釈 5]。, 青函トンネルは「日本最長の海底トンネル」[注釈 6]という特殊条件であることから、万が一の事故・災害防止のために厳重な安全対策が施されており、トンネル内は終日禁煙・火気使用厳禁となっている。トンネル内には一般建物用より高感度の煙・熱感知器が多数設置されているので、微量な煙を感知しただけでも列車の運行が止まってしまう。なお、開業初日には3か所の火災検知器が誤作動を起こし、快速「海峡」などが最大39分遅れるトラブルが発生している。, なお、2015年4月に発生した特急列車の発煙トラブル(後述)を踏まえ、JR北海道は青函トンネルにおける乗客の避難方法や避難所設備などを改善していく考えを示している[新聞 3]。定点など陸底部にある施設を拡充し、定点のケーブルカー(定員15名)の荷台に座席を取り付け、定員を増やすほか、待避所のベンチやトイレなども増設する。また、トンネルの陸底部に4つある資材運搬用の斜坑を新たに避難路として活用する[新聞 4]。, 青函トンネルは通信の大動脈でもある。青函トンネルの中には開通当時の日本テレコム(のちソフトバンクテレコム、ソフトバンクモバイルを経て、現在のソフトバンク)と、KDDIが光ファイバーケーブルを敷設しており、北海道と本州を結ぶ電信・電話の重要な管路となっている。, 青函トンネルを利用し本州と北海道を結ぶ送電線の建設が進められ、2019年3月に「新北本連系設備」として運用を開始した[7]。この送電線は、30万kW分の送電を行える直流送電線である。従来北海道と本州を結ぶ送電線は海底ケーブルによってまかなわれていたが、船舶のいかりが引っかかって損傷するなどのトラブルが起こっており、青函トンネルを利用すれば安全性が確保され、敷設費用も抑えられる利点もあるとされ、従来の海底ケーブルでのルートと合わせて90万kW相当の電力の送電が可能となった[8]。, かつて青森駅と函館駅を結ぶ鉄道連絡船として、日本国有鉄道(国鉄)により青函航路(青函連絡船)が運航されていた。しかし、1950年代には、朝鮮戦争によるものと見られる浮流機雷がしばしば津軽海峡に流入、また1954年(昭和29年)9月26日、台風接近下において誤った気象判断によって出航し、暴風雨の中、函館港外で遭難した洞爺丸他4隻の事故(洞爺丸事故)など、航路の安全が脅かされる事態が相次いで発生した。, これらを受けて、太平洋戦争前からあった本州と北海道をトンネルで結ぶ構想が一気に具体化し、船舶輸送の代替手段として長期間の工期と巨額の工費を費やして建設されることとなった。, 青森県東津軽郡三厩村(現在の外ヶ浜町)と北海道松前郡福島町を結ぶ西口ルート、青森県下北郡大間町と北海道亀田郡戸井町(現在の函館市)を結ぶ東口ルートが検討され、当初は距離が短い東口ルートが有力視されたが、東口ルートは西口ルートよりも水深が深い上、海底の地質調査で掘削に適さない部分が多いと判定されたため、西口ルートでの建設と決定した。なお、もし東口ルートに決定していれば、かつて青函連絡船代替航路(大間 - 函館)開設目的として建設されていた大間線第2期線および大日本帝国陸軍津軽要塞の兵員や軍事物資輸送の目的で建設されていた戸井線(いずれも未成線)の建設が再開され、開通していたとも言われている[誰によって?